脳内のイメージを出力するゲーム vs 脳内作業場も使いながら一からつくるゲーム
私は自分をクリエイターだと捉えている。
プログラムを書いたり、文章を書いたり、言葉を定義したりする
プロのエンジニアや作家を名乗るのは苦しいが、歴だけで言えば 20 年以上であり、なっていてもおかしくはなかった
しかし、なれていない
才能がないからだと思う
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どんな才能か?
→ 脳内でイメージを浮かべる才能。
プロのエンジニアにせよ、作家にせよ、脳内に精緻なイメージがあるらしい
仕事の大部分は、単にそのイメージを外に出すこととなる
外に出すのにも膨大な時間と技術と工夫を要するが、それだけだ
なんて楽な話だsta.icon
一方で、どうやら自分はイメージを浮かべること自体ができていないのだと気づくようになった。
アファンタジアという言葉がある
脳内でイメージを浮かべられない人のこと
「りんごを思い浮かべて」と言っても浮かべられない
私もそうで、今思い浮かべようとすると「赤い」「丸い」「天頂部がたしか凹んでて、ツタ?なんか細い一本線が伸びている」「表面につやがある」あたりを思い浮かべて、その場で構築しようとする
https://gyazo.com/f24b67bcebf54398c40d5faadb3678f1 2026/06/12 17:43:06 現在は、このようになった
次やってみたときは違う絵になるだろう
なぜなら断片的な情報から毎回その場で構築するからsta.icon
そしてこれは、おそらく「りんごのイメージが頭にあって」「それを出力する」人達の動作とは全く異なるはず
知能検査で出てきたりするがワーキングメモリーなる概念もある
頭の作業記憶ともいうべきもので、頭の中である程度の処理を行うための作業領域をいう
たとえば「13 + 29」の暗算を考える
ふつうは筆算で処理しようとするだろう、もちろん繰り上がりも含めて、頭の中で処理せねばならない
メモリーが足らないと、これができない
私の場合は、結構集中しないとできない感じ
疲れているときはやりたくない
2026/06/12 17:49:36 今現在やってみると、10秒くらいかけて42を導けた
こんな感じ:
13+29 ← これをずっと眺めながら、まず 3+9 = 12 をつくり、この「12」を覚え続ける。12、12、12、12……と頭の中で唱え続ける
しばらく唱え続けると慣れてくるので、他に頭を回せるようになる
10+20 を計算して「30」を導く
あとは「12、12、12、……」と、この「30」を合流させて、12+30=42を導く
暗唱というと違う。覚えているというよりも「留めている」感覚だsta.icon
この「留める」がかなり疲れる
また、たくさんできるものではない
この時点で、二つのハンデを背負っていることになる:
脳内でイメージを浮かべられないハンデ
「画像が使えない」ようなものsta.icon
ワーキングメモリーが少ないハンデ
みんなは机が使えるのに、私は机が無くて手だけで頑張らないといけないようなものsta.icon
脳内の処理や記憶については、本当はもっと複雑なのだが、いったんにこの程度にしておく。
この二つがないので、脳内でイメージを構築できない!
そもそも浮かべられない
仮に浮かべられたとしても、メモリーが少ないので処理できない
処理の過程を留めておける領域がない
「留める」努力をすれば少しは留められるが、当然他のことに頭を使う余裕がなくなる
上記の例を出すと、「12、12、12……」を留めるのと「10+20から30を出した」のとで脳を使い果たしてしまって、その続き「12と30を並べて、+をして、42にする」ができない感じsta.icon
その処理を捻出するために、たとえば「12、12、12……」と唱えている方で少し手を抜く必要がある。そうして空いた分を、12+30に充てるのだ
失敗して失うこともある。やり直しだ。また「3+9」をして「12」をつくって、これを留め続ける……
と、これは単純で極端な例だが、こういう脳筋プレイかつ繊細な調整をする羽目になっているsta.icon*2
消耗も激しい
さて問題です
これほどのハンデを持つ者が、このあたりの処理に困っておらず脳内でつくれる者に追いつけるでしょうか!?
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やりようはある。
いくらでもある。
脳内でつくれないなら、外でつくればいい。
書けばいい
描けばいい
そして、その書いた・描いたものを見ながら、少しずつ直していけばいい
脳は「イメージを浮かべる」と「ワーキングメモリー」以外にも色んな機能があって、それらは結構使えたりするので、ここまでできるなら何とかなる
実際、私もITエンジニアとして働いているし、電子書籍その他文章もたくさん書いてきた
これはこれで大変で、少なくとも私は大部分を犠牲にせねばならなかったが、それでもできたのだ。
プロにはなれないだろうが、働けるし、趣味にもできる。
そういうものだと割り切って、今日も外に書いて、それを見て、そいつを仕上げる。